日野原重明先生の名言集と食事の秘密!おすすめ本も紹介!息子の現在は?

生きてるだけで100点満点」のフレーズが、やけに印象に残っていました。

100歳を超えてなお現役であり続けたご長寿ドクター日野原重明先生が99歳のとき執筆した著書のタイトルです。

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中の人

そんなわけで、この記事では日野原重明先生をご紹介するよ

日野原重明先生のwikiプロフィール

100歳を超えても現役医師であり続けたスーパーおじいちゃんです。

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20年以上も前の1994(平成6)年6月27日、長野県松本市で発生した松本サリン事件。このとき80歳を超えてなお現役医師として活躍されていた日野原先生が聖路加せいるか病院で陣頭指揮を執られたことは、あまりにも有名なエピソードです。

中の人

成人病」に代わる「生活習慣病」という言葉を提言したのも日野原重明先生なんですよ

日本にアメリカの医学を導入した第一人者として知られています。患者参加型医療・予防医学・週末医療を推進するなど、医療の在り方を常に問い、改革に貢献してこられました。

また、医学・看護教育にも尽力された方です。

日野原先生のスケジュール帳は10年先の予定までびっしり。日々目標を立て、その目標を大切にしながら1日1日を生きていらっしゃったそう。

「自分には使命がある」と思って毎日を大切に生きていれば、それが生きがいになってくる、というのが先生の持論であり、著書の中で「心とカラダを切り離した現代医療の間違い」を指摘しています。身体の健康と心の健康は一体でなければならないというわけですね。

【名 前】日野原 重明
【読み方】ひのはらしげあき
【英語表記】Shigeaki Hinohara
【性 別】男性
【誕生日】1911(明治44)年10月4日(水)
【没 年】2017(平成29)年7月18日(火)
【年 齢】享年105歳
【干 支】いのしし
【星 座】てんびん座
【出身地】山口県山口市湯田ゆだ
【現住所】東京都
【両 親】父:日野原善輔ぜんすけ
【兄弟姉妹】6人きょうだいの次男
【家 族】妻:静子さん(享年93歳)/息子さん3人
【宗 教】キリスト教

 

明治時代の生まれで、年号にちなみ、6人の兄弟姉妹の名前に「明」の字が入っています。

両親が共にキリスト教徒だったことから、7歳で洗礼を受けました。父親は牧師で、広島女学院の学院長を務めた方です。

日野原先生が10歳のとき、母親が命の危機を迎えるのですが、ある医師によって救われました。先生が医師を目指したのは、この経緯からなんだそうです。

医師の私は今、病床の妻を前に、おろおろしています

日野原先生の最愛の奥さま・静子さんは2013年、93歳の生涯に幕を下ろしました。亡くなる10年以上も前から認知症を患っておられたそうです。

記憶力も著しくおとろええ、車椅子に無表情で座り、ただ日々生きている妻。日ごとに通常の会話もできなくなっていきます。

そんな妻の寿命が尽きる日を、家に帰ったとき手を握って「ただいま」を言えなくなる日が来ることを、日野原先生は何よりも恐れていたといいます。

どうすれば彼女に感謝の心を伝えることができるのか。
彼女は果たして解ってくれているのだろうか。
そんなことを考えながら、近寄ってくる死の足音に心を揺さぶられている。

4,000人もの患者を看取ってきた100歳の現役医師でも、目の前に迫る妻の死を覚悟できない。妻の存在そのものが日野原先生の生きる糧だったのです。

妻・静子さんとは、第二次世界大戦下の厳戒体制の中で結婚式を挙げられたそうです。

あるときは日野原先生の運転手、あるときは先生の講話のテープ起こし。影となり日なたとなり、生涯にわたり日野原先生を支えてこられました。

先生は58歳のとき、世を騒がせた「よど号ハイジャック事件」に遭遇され、生還を果たされました。このとき、お見舞いくださった方々への返礼に、静子さんはこう書き添えられました。

いつの日か、いずこの場所かで、どなたかに、この受けましたお恵みの一部でもお返しできればと願っています。

 

三男の日野原知明(ひのはらともあき)先生は、お父様の重明先生にソックリです。

※00:22あたりから日野原知明先生がお話しになっています。

知明先生は重明先生と公開セミナーを共催することもあったのだとか。

慶應大学の医学部を出てアメリカで循環器内科医として活躍中。心臓カテーテルの先駆者であり、カテーテル機材の開発者として有名です。

参考 日野原知明先生のプロフィールTCROSS NEWS

日野原先生の学歴と経歴

学歴

  • 1924(大正13)年
    神戸市立諏訪山小学校(現 こうべ小学校)を卒業
  • 1927(昭和2)年
    私立 関西学院 中学部を卒業
  • 1929(昭和4)年
    旧制第三高等学校(京都大学 総合人間学部の前身)理科に進学
  • 1932(昭和7)年
    京都帝国大学(現:京都大学)医学部に現役合格
  • 1933(昭和8)年
    結核にかかり休学して療養生活を送る
  • 1934(昭和9)年
    復学
  • 1937(昭和12)年
    京都帝国大学(現:京都大学)医学部を卒業
  • 1951(昭和26)年
    アメリカ・エモリー大学に留学

経歴

  • 同年~1939(昭和14)年
    京都帝国大学 医学部 三内科副手

副手として勤めた2年間は、なんと無給だったそうです。どのようにして生活していらしたのか・・・。 

  • 1941(昭和16)年~
    聖路加国際病院に内科医として勤務。その後、内科医長
  • 1973(昭和48)年
    (財)ライフ・プランニング・センターを設立
  • 1992(平成4)年
    聖路加国際病院 院長に就任。のちに名誉院長、理事長をお務めになりました。
  • 一般財団法人聖路加せいるか国際メディカルセンター理事長
  • 上智大学 日本グリーフケア研究所 名誉所長
  • 公益財団法人笹川記念保健協力財団 名誉会長
  • 一般財団法人ライフ・プランニング・センター理事長
  • 新老人の会 会長(2000年~)
  • 日本ユニセフ協会大使(2007年)

 

新老人の会」では、若さを保つため常に新しいことに挑戦し続ける姿勢を大切にしていらっしゃるのだそうです。

長生きの秘訣〔ひけつ〕は3つの「V」だと先生はおっしゃいます。

  1. Vision(ビジョン)
    「視野」とか「将来的な見通し」という意味です。
  2. Venture(ベンチャー)
    「冒険」とか「冒険的なくわだて」という意味です。
  3. Victory(ビクトリー)
    「勝利」という意味です。

「Vision」と「Venture」を大切にしていると、3つ目のV=「Victory」は自然と与えられるものであるとおっしゃっています。 

日野原先生の受賞歴

  • 1982(昭和57)年 日本医師会最高優功賞
  • 1985(昭和60)年 日米医学科学者賞(フィラデルフィア医師会)
  • 1989(平成元)年 日米キリスト教文化功労章(日本キリスト教文化協会)
  • 1992年 第8回 東京都文化賞
  • 1993年 勲二等 瑞宝章
  • 1998年 名誉都民
  • 1999年 文化功労者/中央区名誉区民
  • 2005年 文化勲章
  • 2010年 コルチャック功労賞

日野原重明先生の著書おすすめ3選

生きてるだけで100点満点 99歳のぼくから君たちへ(2010年9月)

日野原重明冒頭でもご紹介した『生きてるだけで100点満点』は、あまりにも有名ですね。

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人生の先輩が心を込めて、人生はかけがえがないものと教えてくださいます。どこを開いても、飛び込んでくる言葉が心に染みます。

「生きるとはどういうことか?」
子供と同じ目の高さで語る姿は、私たちが忘れてしまいがちな「大切な何か」を思い出させてくれます。ぜひ家族で読んで、語り合ってほしい1冊です。

 

生きかた上手(2001年12月)

 

120万部以上のベストセラーを記録しました。

 

しかえししないよ(2016年4月)

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いわさきちひろさんの装丁がステキです。まるで日野原先生の人柄を表しているよう。

日野原先生の100歳からの食事の秘密に迫る

先生は85歳を超えたころから、食事は夜しかとりません。

摂取カロリーは1日1,300キロカロリー。

こんなメニューなんですって。

  • 朝食:コーヒー・牛乳・オリーブオイル
  • 昼食:クッキー2枚・牛乳
  • 夕食:ご飯1/2杯・野菜たっぷり・ヒレ肉 or 魚

基礎代謝1,200キロカロリーと差し引きして、残る100キロカロリーを毎日の活動に費やしているのだと。

健康は粗食から

現代人は食生活が豊かすぎるから老化が早いのだと先生はおっしゃっていました。

日野原重明先生の名言集

最後に日野原先生の名言をご紹介して締めくくります。

中の人

心が洗われるようです

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私が若いときより少しはマシな医者になっているとしたら、それは、大勢の患者さんに育てられたから。

 

死にゆく患者さんを前にして、私はいつも医学の限界を知らされます。
どんなに最先端の医療をもってしても、死を征服することはできません。
「いのち」に対して、ますます謙虚になるよりほかありません。

 

人間にとって最も大切なのは「命の長さ」だと思っている人が多い。
しかし、私が出会った人を振り返ってみて思う。
その人の命が素晴らしい命だと思える人においては、「命の長さ」は問題ではない。

 

生きがいとは、自分を徹底的に大事にすることから始まる。

 

私たちの身体は土でできており、身体は土に還る。
私たちは、この土の器の中に、はかり知れない宝を入れることができる。

 

鳥は飛び方を変えることはできない。
動物は這い方、走り方を変えることはできない。
しかし、人間は生き方を変えることができる。

 

これまでの教育は、出来上がったデータを記憶させる教育であった。
困難な問題にぶつかったときに、問題解決ができるような能力を与えられていない。
本当に学ぶべきなのは、問題とどう取り組むか、どういう戦略を立てるべきかということである。
学校を出てからも自分でできるような頭の仕組みをつくる。
そして、その仕組みに従って生活をし、行動することが必要。

 

自分のためにでなく、人のために生きようとするとき、その人は、もはや孤独ではない。

 

多くの人が、自分の財産や名声や地位を得るために、全力投球している。
それなのに、財産やお金よりも大切な、自分の命のために全力投球している人は少ない。